2018/02/07

油買い顛末’18冬。

 どうも原油価格が今冬じわじわ上がってる様子で
 ガソリンスタンド店頭の数字が気付くと妙に大きくなってたりする。

 ガソリンの方はともかく。
 この気候では灯油が高くなってゆくのがつらいやね。
 一時期リッター60円台で買えてたものが遂に80円超えてきたよ。

 油を燃して得られる暖かさには代えがたいものがあるので欠かせないのだが、
 消費が早いのには結構不安になる。
 早く暖かくならんかなぁ。
2018/01/30

人体砂時計。

 冬は手足の肌が荒れる季節。
 風呂に入ると踵なんか角質がボロボロ取れる。
 足が削れて無くなるんじゃないかってくらい。


 …いや。「細胞が分裂する回数は決まっている」って話を知ってると、
 案外シャレでもない気がするのよ。
 

 人体はわずか数日で構成する物質がすっかり入れ替わってしまうという。
 だがその新陳代謝にも限界があり、入れ替えが利かなくなる日が必ずやってくる。


 踵に軽石を当てつつ思う。
 この身体も、日々着実に死に向かっていることを。
2018/01/17

遠ざかる記憶。

 昨年アニメ化もされたとある短編オムニバス小説の1エピソードに、かつて大きな災害に見舞われた国が出てくる話がある。


 その国は災害の記憶を後世に伝え留めようと、様々なモニュメントやらイベントやらを作り催しているのだが、
 肝心の災害対策を何もしていなかったため再び同じような災害に見舞われてしまうという筋立てである。


 まぁ、ただの寓話であり特定のどちらかを揶揄する意図はないのだろうけれど。
 何やかんやの世知辛い事情によって現実の災害対策も歯痒いほどに進まないのも事実だろうと思う。
 件のお話は、対策に掛けるべき手間暇をひたすら別の事に振り分けてることを論ってるんだろうけれど。
 現実にもそういう側面、ないかな?

 せめて忘れないようにしようという姿勢になるのも必然だけど。
 「以降こんなことはもう起こらなければいいな」という希望的観測が見え隠れするのもまた事実。
 杞人の憂いを抱え続けて生きてゆくのは、ストレスが大きすぎるから。


 1月17日が、3月11日が巡ってくるたびに。
 この国に住む人々に問いかけられる、災害との向き合い方。
 それに本当に真摯にまみえている人間がどれほどいるのか。自分も含めて。
2018/01/15

良識考。

 ちょっとした、思考遊び。


 唐突だが。
 ゴキブリは好きかね?


 ―なんて言うとまず「ふざけんな」ってリアクションが返ってくるだろう。
 世間一般ではどこぞの悪い魔法使いの如くその名を口にするのも憚られるほど蛇蠍よりも忌み嫌われている生き物。



 何故だ?別に咬むわけでも毒持ってるわけでも深刻な伝染病を媒介するわけでもないぞ?

 ―そう混ぜっ返すと恐らくは「そういう問題じゃねぇんだよ!」とキレ気味に返されることだろう。



 ……何のことを言っているのか。詳述はあえてしない。
 ただ。理性と感情と言うものは斯くの如く連動しながらも乖離しているものなのだ。

 この二つは人の心の両輪のようなもの。
 どちらを優先しても、どちらを蔑ろにしても、心はうまく進まない。


 なのに。
 大体において都合よくどちらかを無視した物言いが横行するのが人間社会。
 どちらに偏っても、人は良識を疑われるというのに。
2018/01/11

元服を挫く。

 今日は鏡開き。
 14日に左義長、15日に松が明けて世の中正月ムードも終わりになる。


 ―そんな中。
 先日の成人式に晴れ着が届かず、直前に業者が雲隠れしていたという騒動が起きていたのは周知のとおり。

 今時ガチの夜逃げってあるもんなんだなぁ、なんて思いつつも。
 この日を待ち侘びていた新成人の心情や如何ばかりかというところだ。

 被害者の一人が「いい大人だろうに、やっていい事と悪い事の区別もつかないのか」なんて声明を出していたが。
 何気にかなり辛辣な一言なんじゃないかとも思う。
 成人式で羽目を外す彼らを悪し様に言えないというか、もっと性質が悪いというか。


 「大人になるということは、恥を忘れるということだ」なんてドヤ顔で言う大人ではいたくないものだ。
 大人がこの様で、若者が真っ直ぐ育つものかよ。