悪意の役割。

 パリ13日の金曜日事件から三日が経とうとしている。
 割と冷静に(お気楽に?)見ている国内と比して、欧米ではNY9.11.に匹敵する重大事件として取り扱う風潮も見受けられる。

 ・・・規模を問うべきことでもないが、
 120余名なんて、文字通りの対岸では日常的に死んでいる数にも満たないのに、という見方もあり。

 ―さておき。
 あんな風にわざわざ世界中のヘイトを稼ぐ連中って、どういうつもりなのかね?
 実際今度の件でフランスも空爆始めたし。
 正直いいことなんて一つもないようにしか見えないんだけれど。
 理不尽な世界を打破して神の国をつくる礎になる、なんてお題目への自己陶酔だけでやってるとは、宗教にリベラルな国の人間としては信じがたいんだけれどね?

 ―まぁ実際に銃弾ばら撒いたり爆弾破裂させたりしている末端の連中はそれで動いていると考えられなくもないんだけれど。
 そういった者たちに啓示をもたらす立場の輩には、何か別の意図があったりしないのかな?

 「斃すべき敵」が存在するというのは、
 ある意味非常に都合よく民衆を動かす事の出来る格好の名目なんだよ。お互いに、ね。
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