柔らかい時計。

 ユネスコの世界記憶遺産にシベリア抑留に関する資料が選ばれたということで、
 引き揚げ港のあった近隣在住で知人にも抑留経験者のいる身として聊かの感慨を禁じえないところである。


 だが、まぁ。
 とある国が申請したとある事件に関する記録も同時に選出されたことに猛烈な反発が挙がっているとも聞く。
 随分と長いこと、あったいやなかったと議論を呼んでいた事件ではあるのだが。

 ―ただ。
 「そんな捏造史を正当視する機関には協力もしないし金も出さない」とか言い出している分については、
 何かこっぱずかしいものを感じて止まない。
 何つうせせこましい了見なんだろうか、と。


 ・・・忌憚なく言わせてもらうと。
 個人的には件の事件が実際あったか無かったかということに関しては、正直どうでもいい。
 戦争やってたんだから、そういうことがあってもそう不思議ではないだろうって思うくらい。
 さらに個人的な事をいうと、所謂支那事変というやつで大陸の露になった陸軍さんが身内に居た身の上なのだが、そういう事情を差し引いてもだ。

 とても嫌な言い方をさせてもらうと。
 件の出来事に関して引責も不利益も被るような立場にないものだから、実際全くどうでもいいのだ。
 それをダシにして何者かを貶したり蔑んだりして愉しむ趣向も持ち合わせてはいないし。
 
 だから躍起になってでっち上げだ捏造だ謀略だと否定しまくる態度には、却って懐疑的な目を向けてしまうのだ。
 ましてや、「資金出さんぞ」とか言い出したとあっては、その手の沙汰まで金次第でどうにでもしてやろうかという魂胆さえ覚えてしまう。


 どうもね、この国。
 そういう恥じくさい真似を平気でやってしまえるようになっちゃったんじゃないか、ってね。
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