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共謀空間FC

正論とはすなわち、誰かの都合に阿らないこと。

皆で渡れば怖くない。

 所謂社会的宗教というものの第1の意義は、
 「価値観の共有」だと思う。

 同じ神を奉じ、同じ教義に従い、同じ戒律に縛られているもの同士。
 そういった「個人個人お互い争いあう必要のないコミュニティ」を形成するのが、最も重要な目的なのではないか。

 そんなコミュニティに属していれば、
 一定の身の安全は保障される。
 日々の生活の負荷が分担により軽減される。
 そして、「敵」も作ることが出来る。

 自分たちの価値観の外側にある者たちは、
 野卑愚劣なる蛮族であり、悪しき侵略者であり、人のカタチをした畜生である。
 何の呵責もなくぶっ殺して持ってるものを搾取して構わない。
 ―そんな思想を浸透させることも可能なのである。

 ・・・そして。
 そんな社会的宗教に頼らずして、一応のコミュニティの形成に成功しているのが日本人。
 価値観がバラバラのままでも、愛想笑いだけで何となくまとまる事が出来ているんじゃないか。
 ゆえに、価値観を共有してのまとまりがデフォな民族からは「信じられない」と思われているのだろう。

 その価値観同士のぶつかり合いが様々な軋轢を生んでいる昨今の世界の中で、
 結構ヘイヘイとしていられるというのは、
 結局そういうことなんじゃないかな。特定の人々にとってはやりづらい性質だろうけれど。
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