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 そのネームバリュー自体が展開の伏線、とまで言われた虚淵玄氏をメインシナリオに迎えた平成仮面ライダー第15作『仮面ライダー鎧武』。
 「仮面ライダーのヒーロー性の再生」をテーマに持つと思われる第2期平成ライダーシリーズの中でも殊更に「ヒーローとなることの意味」を問うた本作も今回で最終回。


 それを含め、
 今週のヒーローレビュウ。

 『烈車戦隊トッキュウジャー』。合間合間にインサートされる大和屋脚本箸休めEP、ミオのお誕生日を祝うためにカグラが頑張るお話。「他のメンバーがまともに戦えなくなる中で残ったものが奮起する」パターンのEPなわけだが。要は「敵と戦い勝つよりも仲間のことを思うことが大事」とするのが骨子だったのだろう。個人的には「見た目より気持ち」というメインテーマと思しき部分よりもそっちのほうが際立ってたり。突っ込みだしたらキリがない内容ではあったが、まぁこれも戦隊モノの空気というやつだったんだろう。多分。


 そして『仮面ライダー鎧武』である。始まりの男絋汰さんアフターケアするのお話だったわけだね。何の見返りも求めず世界を救い旅立ち正真正銘のヒーローとなった絋汰を想い、引き換え償いの糸口すら掴めず無為な日々を送る光実に、ちょっぴり世話が焼けるなって感じで言い残したことを伝えるためにちょっとだけ帰ってきたヒーロー。報われることなど考えもしないで戦ってきた彼の気持ちが理解できずそれ故に手の届かないところに行ってしまった事を惜しんでいた光実は、少しずつそのスタンスを理解し、ようやく前を見始める。とうに周囲から許されていた彼は、やっと本当に「救われた」のだろう。
 本当は誰だってヒーローになれる。だがそれは励ましではなく警告。そう語るライターが一年間描き続けてきた物語は、そんな様々な試練を乗り越え本当のヒーローに「なってしまった」男の背中を遠く見つめる、そういった幕引きとなった。正直評判はあまり良いとは言えず個人的にも食べ物で遊んでるようなギミックがちょっと受け入れ難かった『鎧武』ではあるが。「ヒーローとしての仮面ライダー」というテーマにおいてヒーローという存在には一言あると思しき虚淵氏なりの一つの回答を出した物語だったとは思うのだった。


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 「じゃあなミッチ、俺帰るわ。遅くなると舞に叱られるし」
 「・・・もう尻に敷かれてるんですか絋汰さん始まりの男なのに!?」
 「あっそうそう。冬の映画ごろには一度帰省するって姉ちゃんに言っといてくれないか」
 「またそんなメタなことを!?」
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A.V.S.&ドラティア
Posted byA.V.S.&ドラティア

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