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 弥生三月。だが春は未だ寄せては返す波の如し。

 花の蕾を冷やす寒気に身震いしつつ、日曜恒例・ヒーロータイムレビュウ。


 『烈車戦隊トッキュウジャー』。今回からはどうやらメンバー各員の掘り下げを始める模様。それを通し、アイデンティティの大部分を失っていると言う戦隊シリーズでは稀に見る過酷な状況におかれている(本人たちに悲壮感はあまりないけど)トッキュウジャーのモチベーションに迫る様子。最初は思い込みなりきり少女である5号の子、カグラ。限界を超えるほどのなりきり重妄想パワーを除けば齢相応の女の子でしかない彼女、自分の出自を調べるにはレインボーラインを降りねばならないと聞き動揺。無理からぬことではあるけれど。それでも、これ以上自分たちのような存在を増やさないためにも戦い、そしてその中でも少しずつ取り戻せるものがあることも知る。「奪われたものを戦う中で一つ一つ取り戻す」というのはかの『どろろ』に始まる過酷なロードストーリーではあるけれど。戦隊特有のノリがその悲壮感を薄めてくれる。明朗快活な空気の奥に重苦しい背景を敷くのは小林脚本の得意技だねやはり。


 『仮面ライダー鎧武』は遂に明かされるヘルヘイムの正体。「理由の無い悪意」などと表現されているが、実はこれに善悪の概念すらない。それはただ「そのようにあるだけのもの」。「世界征服をたくらむ悪の秘密結社」こそ登場しないものの今まで確かに何者かの悪意が介在してきた平成ライダーズではあるが、今回ここにはただどうすることも出来ない「災厄」だけがある。その災厄に晒されて、人はどうするのか。それが『鎧武』という物語の根底にある。善悪の概念はそれ以降にあるのだ。知れば心穏やかにはいられない過酷な現実として隠蔽に徹するのか。己の意図を実現する好機と捉えるのか。それとも。最後に残った絋汰の選択は。恐らく貴虎もうすうす気付いているであろう裕也の運命を知ったときのことも気になりつつ、本当の「選択のとき」は迫りつつある。
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A.V.S.&ドラティア
Posted byA.V.S.&ドラティア

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